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ある日、いつも飲んでいたコーヒーを飲んだあとに気分が悪くなった。あるいは、外食した夜から数日間おなかを壊した。体調そのものは回復したのに、それ以来その食べ物や飲み物を口に入れようとすると、体が先に「これ以上はまずい」と反応してしまう——。

こういうとき、多くの人は「体質が変わってしまったのだろうか」と考えます。ですが実際には、体の側ではなく脳の学習が起きていることのほうがずっと多いのです。しかもこの学習は、意志の力ではほとんど動かせません。

一度の経験で成立してしまう学習

食べたあとに吐き気や腹痛を経験すると、その直前に口にした味を避けるようになる。この現象は味覚嫌悪学習(conditioned taste aversion、ガルシア効果とも呼ばれます)として、70年前から実験的に確かめられてきました。

ふつうの条件づけ——たとえばベルの音と食事を結びつける学習——は、何十回も繰り返さないと成立しません。ところが味覚嫌悪学習は違います。特徴は3つあります。

1回で成立する。 ラットに甘味料を与えたあとに不調を起こす刺激を1回与えるだけで、その味への回避が成立し、2か月以上持続することが最初期の実験で示されています。

時間が離れていても結びつく。 通常の学習では、刺激と結果は数秒以内に起きないと結びつきません。ところが食べ物と体調不良は、数時間離れていても脳がつなげます。食べてから30分後、あるいは翌朝に不調が出ても、脳は直前に口にしたものを容疑者として登録します。

意識で取り消せない。 「あれは食べ物のせいじゃなかった」と頭で理解しても、反応そのものは消えません。むしろ、口に近づけた時点で「このあと具合が悪くなりそうだ」という感覚が先に立ちます。これは気のせいではなく、学習した回避反応が身体感覚として出てきているものです。

なぜこんなに強力なのか。それは、この仕組みが毒物を二度と口にしないための生存装置だからです。自然界では、一度で覚えられなければ次はありません。慎重すぎるくらいでちょうどいい、という設計になっているわけです。

脳の中では、味の情報を扱う島皮質(大脳の側面に埋もれた領域で、味覚野が置かれている)と、危険の記憶に関わる扁桃体が中心的な役割を果たすことが分かっています。理屈を扱う領域ではなく、警報を扱う領域が担当している。だから言い聞かせても効かないのです。

がん治療の分野では、この現象は臨床上の問題として古くから知られています。抗がん剤治療の前に珍しい味のアイスクリームを食べてもらう実験では、治療で消化器症状が出た子どもたちは、その後そのアイスクリームを選ばなくなりました。治療中の食欲低下の一部は、薬そのものではなく、この学習によって起きていると考えられています。

その食べ物が「犯人」だったとは限らない

ここが実務上いちばん大事なところです。味覚嫌悪学習は直前に口にしたものを機械的に容疑者にする仕組みなので、真犯人が別にいても平気で成立します。

たとえば数週間にわたって胃腸の調子が悪かったのなら、その日の食べ物より、感染性の胃腸炎など別の要因を考えたほうが自然です。急性胃腸炎のあとには、機能性ディスペプシア(検査で異常が見つからないのに胃の不快感が続く状態)が起きやすいことが分かっており、19研究のメタ解析では、発症から6か月以上経った時点での発症リスクが対照群の約2.5倍と報告されています。

つまり、こういう順序で考えられます。

  • それまで何年も平気だったものが、ある1日を境に急にだめになった → 体質の変化より、その日に起きた別の出来事(感染・その日の他の食事・氷や水・体調)を疑う
  • 量や状況によって出たり出なかったりする → 特定の成分への反応の可能性。ただし体質そのものの変化とは限らない
  • その食品を含むあらゆる形で、毎回、再現性をもって症状が出る → 食物アレルギーや不耐症を含めて、医療機関で調べる価値がある

「体質的に合わなくなった」と結論づけてしまうと、その食べ物は一生の禁止リストに入ります。結論を出す前に、まず犯人が本当にそれだったのかを切り分ける。それだけで選択肢がひとつ戻ってきます。

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消えないのではなく、上書きできる

味覚嫌悪学習には続きがあります。いったん成立した回避反応も、「口にしたが何も起きなかった」という経験を重ねると弱まっていくことが分かっています。学習心理学でいう消去(extinction)です。

ここで重要なのは、消去は「元の記憶が消えること」ではなく、「安全である」という新しい学習が上書きされることだという点です。だから、上書きに使う経験の質が結果を決めます。失敗しやすいやり方と、うまくいきやすいやり方がはっきり分かれます。

今日から試せる手順に落とすと、こうなります。

1. まず2〜3週間、完全に離す。 「頑張って飲めば慣れるはず」と嫌々口にするのは逆効果です。不快な経験をもう一度重ねれば、学習は上書きどころか補強されます。まず反応が落ち着くのを待ちます。

2. 再開する日の条件を先に決める。 体調のよい日を選ぶ。空腹時は避けて食後にする。冷たいものより温かいものにする。刺激を減らせるなら量も濃さも減らす。条件を意図的に有利にしてください。「素の状態で試して大丈夫か確かめる」のは、テストであって治療ではありません。

3. 飲み切る・食べ切るを目標にしない。 ひと口で終えてかまいません。目的は完食ではなく、「今日は何も起きなかった」という記録を1件つくることです。途中でやめたほうが、その日の経験を良いまま終えられます。

4. 何も起きなかったことを、その場で記録する。 ここが抜けやすいところです。人は「大丈夫だった日」を覚えません。覚えているのは具合が悪くなった1回だけです。放っておくと、頭の中の勘定はいつまでも「不快1件 対 記憶なし」のままになります。書き残して初めて、上書きが積み上がります。

5. 数回で判断しない。 1回で成立した学習でも、ほどけるのには複数回の経験が要ります。3回試して変化がなくても失敗ではありません。

こういうときは、自己流の再挑戦をしない

味覚嫌悪学習として扱ってよいのは、あくまで体そのものは回復しているのに口にできないという状態です。次のような場合は、再挑戦の前に医師に相談してください。

  • 口にすると毎回、じんましん・唇や喉の腫れ・咳き込み・息苦しさが出る(食物アレルギーを疑う所見です)
  • 飲み込むときにつかえる、痛む、むせる
  • 体重が落ちてきている
  • 食べられるものが月単位で減り続けている
  • 消化器の症状そのものが続いている

特に上の2つは、学習の問題ではなく体の問題です。「慣らせば治る」と考えて繰り返すべきではありません。

megulusでの使い方

この上書き作業は、記録がないとほぼ成立しません。不快な1回は勝手に記憶に残り、平穏な10回は跡形もなく消えるからです。

megulusでは、食事ログにメニューとそのときの気持ちをセットで残せます。再開した日に「何を・どのくらい・どんな条件で口にしたか」と「そのあとどうだったか」を並べて記録していくと、数週間後には自分の手元に「問題なく飲めた日」のリストができています。感覚では「まだ怖い」と感じていても、記録を見れば結果はすでに変わっている——この差を目で確認できることが、次の1杯のハードルを下げます。あわせて、体調不良が本当にその食べ物と連動しているのか、それとも別の要因と連動しているのかも、記録が溜まるほど切り分けやすくなります。

参考文献

  • Garcia J, Kimeldorf DJ, Koelling RA. Conditioned aversion to saccharin resulting from exposure to gamma radiation. Science. 1955;122(3160):157-158.
  • Bernstein IL. Learned taste aversions in children receiving chemotherapy. Science. 1978;200(4347):1302-1303.
  • Bermúdez-Rattoni F. Molecular mechanisms of taste-recognition memory. Nature Reviews Neuroscience. 2004;5(3):209-217.
  • Lin JY, Arthurs J, Reilly S. Conditioned taste aversions: From poisons to pain to drugs of abuse. Psychonomic Bulletin & Review. 2017;24(2):335-351.
  • Futagami S, Itoh T, Sakamoto C. Systematic review with meta-analysis: post-infectious functional dyspepsia. Alimentary Pharmacology & Therapeutics. 2015;41(2):177-188.

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