食事を見直し、運動を習慣にし、就寝時刻も揃えた。健康のために正しいとされることを、一つずつ積み上げてきた。ところが半年、一年と経つうちに、立ち上がったときに目の前が暗くなる、手足がいつも冷たい、ふとした瞬間に動悸がする——そんな変化が出てきた。血液検査を見ると、白血球が基準値を割り、逆にコレステロールは上がっている。
こういうとき、多くの人は症状ごとに原因を探します。立ちくらみは血圧、冷えは血行、コレステロールは脂の摂りすぎ。けれど症状も検査値も同時期にまとめて動いているなら、別々の問題が偶然重なったと考えるより、根っこが一つだと考えるほうが自然です。
そして健康習慣を熱心に積み上げている人ほど、その根っこがエネルギーの不足であるケースがあります。
「摂取カロリー」ではなく「残ったエネルギー」で考える
ここで鍵になるのが、エネルギー可用性(energy availability)という考え方です。定義はシンプルで、
エネルギー可用性 =(1日の摂取エネルギー − 運動で使ったエネルギー)÷ 除脂肪量
つまり、運動に払った分を差し引いたあと、体の維持に回せるエネルギーがどれだけ残っているかを、筋肉や臓器の量あたりで見た数字です。総摂取カロリーではありません。同じ2,000kcalを食べていても、運動で600kcal使えば、体の維持に残るのは1,400kcalです。
規則正しい月経のある女性を対象にした実験では、このエネルギー可用性が除脂肪量1kgあたり30kcal/日を下回ると、下垂体のホルモン分泌パターンが崩れることが示されました。おおよそ、安静時代謝の維持に必要な水準にあたります。この閾値以下では、体は「今は繁殖や修復にエネルギーを回している場合ではない」と判断を切り替えます。
重要なのは、この切り替えを起こすのは運動量そのものではなく、収支の差だという点です。激しい運動をしていなくても、摂取側が絞られていれば同じことが起きます。
体は「止めても死なない機能」から順に落としていく
エネルギーが足りないと分かったとき、体は無差別に弱るのではなく、優先順位をつけて節約します。だから症状も検査値も、ある決まった順序で顔を出します。
1. 甲状腺ホルモンを下げる。 最初に絞られるのが代謝の設定です。TSH(甲状腺刺激ホルモン)は動かないまま、活性型のFT3だけが低めに落ちてくるパターンがよく見られます。甲状腺そのものは壊れていないので「異常なし」と判断されがちですが、体は意図的に燃費を下げているわけです。体温が下がる、寒がりになる、というのはこの結果です。
2. 心拍を落とす。 安静時心拍数が下がります。ここが最も誤読されやすいところです。持久系の運動を続けている人にとって、安静時心拍数の低下は「心臓が強くなった証拠」として歓迎される変化だからです。実際、鍛えられた心臓は1回の拍動で多くの血液を送れるようになり、心拍数は下がります。しかし省エネモードの徐脈も、数字の上では同じように見えます。
見分ける手がかりは数字ではなく、そこに症状が伴うかどうかです。立ちくらみ、ふらつき、息切れ、強い冷えを伴う徐脈は、体力がついた結果とは考えにくい組み合わせです。
3. 末梢を切り離す。 手足の冷え、爪や髪の変化。中心部の体温を守るために、末端への血流が後回しになります。
4. 造血を絞る。 ここまで来ると血液検査に出ます。極端なエネルギー不足の代表である神経性やせ症の患者では、貧血と白血球減少がそれぞれおよそ3分の1に見られ、骨髄検査では約半数に骨髄の萎縮やゼラチン様変性が確認されると報告されています。血小板の減少は比較的まれです。血球が減っているのに感染症も出血傾向も見当たらない——そんなときは、骨髄が原料不足で稼働を落としている可能性を一度考えてみる価値があります。
5. 骨と生殖に回す分をやめる。 骨密度の低下、月経の乱れや停止、男性では性欲やテストステロンの低下。長期的にはここが最も取り返しにくいところです。
逆説:食事を減らしたのにコレステロールが上がる
エネルギー不足を疑いにくくしている最大の要因が、脂質です。
「粗食にしているのにLDLコレステロールが上がった」と言われると、多くの人は測定ミスか、食事のどこかに脂が紛れ込んでいるのだろうと考えます。ところが実際には逆で、強いエネルギー制限そのものがコレステロールを押し上げることが知られています。
神経性やせ症を対象とした48研究のレビューでは、急性期の患者は健常対照と比べて総コレステロール・LDL・HDL・中性脂肪・アポリポタンパクBのいずれもが有意に高いという結果でした。「やせている=脂質は良好」という直感とは正反対です。
背景には少なくとも二つの流れがあります。ひとつは、体脂肪が分解されて血中に脂肪酸とコレステロールが動員されること。もうひとつは、甲状腺ホルモンが下がると肝臓のLDL受容体のはたらきが弱まり、血中のLDLを回収する速度が落ちることです。つまり入ってくる量ではなく、片づける速度の問題として上がってきます。
ここを「脂質異常症が出てきた」と読んでしまうと、対処は「さらに食事を減らす」方向に行きます。原因がエネルギー不足なら、それは踏み込むべきでないほうのペダルです。
LINE
読みながら、自分の数値と照らしてみませんか
制限は「積み上がる」ことを見落としやすい
エネルギー不足は、たいてい一つの極端な決断からは生まれません。むしろ、個々には妥当な判断が積み上がった結果として起きます。
グルテンを抜く。乳製品を抜く。砂糖をやめる。糖質を控えめにする。夜は早めに食事を切り上げる。それぞれに理由があり、単独ではどれも過激ではありません。ところが全部を同時に運用すると、食べられる食品の種類と、食べられる時間帯が同時に狭くなります。そこに週数回の運動が乗る。
このとき、本人の意識は「体に良いものだけを選んでいる」であって、「量を減らしている」ではありません。制限のスタッキングは、減量しているという自覚を伴わずに収支を赤字にします。これが、真面目に取り組んでいる人ほど気づきにくい理由です。
確かめ方と、今日からできること
1. 3日分だけ、実測する。 体感は当てになりません。平日2日と休日1日の摂取エネルギー、運動で消費した分、体組成計の除脂肪量を用意して、冒頭の式に入れてみてください。目安の30kcal/kg除脂肪量を大きく下回っていないか。ざっくりで構いません。桁が合っているかを見るだけで十分です。
2. 症状のセットで見る。 単独の数値ではなく、組み合わせで判断します。以下のうち複数が同時に当てはまるなら、エネルギー不足を候補に入れてよい状態です。
- 立ち上がったときの立ちくらみや目の前の暗さ
- 平熱の低下、常時の冷え
- 安静時心拍数の低下に、ふらつき・息切れ・倦怠感が伴う
- 傷や口内炎が治りにくい、髪が細くなった
- 眠りが浅い、夜中に目が覚める
- 性欲の低下、月経の乱れ
3. 減らす実験ではなく、増やす実験をする。 不調が続くとき、次の一手はたいてい「もっと厳しくする」になります。エネルギー不足が疑わしいなら、逆をやってみてください。運動量は変えず、2〜4週間だけ1日あたり300〜500kcalを足す。エネルギー可用性を上げるという意味では、炭水化物を戻すのが最も直接的です。
そのうえで、体温、朝の安静時心拍数、立ちくらみの回数、日中の冷えを記録します。エネルギー不足が原因であれば、体重よりも先にこれらが動きます。数週間で体温が戻り、心拍数がわずかに上がってくるようなら、それは悪化ではなく、省エネモードが解除されつつあるサインです。
4. 制限は一つずつ外す。 全部同時に緩めると、何が効いたのか分からなくなります。効果を実感できていない制限、続けている理由を説明できない制限から順に外していくと、判断材料が残ります。
こういうときは自己判断で進めない
以下は、エネルギー収支の調整で様子を見てよい範囲を超えています。医師に相談してください。
- 白血球や血小板の低下が複数回の検査で続いている
- 失神した、または失神しかけた
- 胸の痛み、動悸が長く続く、脈が飛ぶ感覚がある
- 意図しない体重減少が続いている
- 甲状腺の数値の異常が、FT3の低下だけにとどまらない
特に血球の異常は、エネルギー不足以外にも原因が幅広くあります。「食べる量を戻せば治るはず」と自己完結させず、検査値の推移そのものを医師に見てもらうのが安全です。また、エネルギー可用性の枠組みは競技スポーツの領域で整理されてきたもので、そのまま一般の人の診断基準になるわけではありません。あくまで仮説を一本立てるための道具として使ってください。
megulusでの使い方
この状態がやっかいなのは、体重がほとんど動かないまま進行することです。体は代謝を落として収支を合わせにいくので、体重計だけを見ていると「安定している」と読めてしまいます。
megulusでは、食事の記録と、Apple Watchが集めた安静時心拍数・HRV・睡眠・歩数を同じ画面に並べて追えます。ここで見るべきは絶対値ではなく、食事の内容を変えたときに体のほうが遅れて動くかです。摂取を戻した週から2〜3週間かけて安静時心拍数がじわりと上がる、睡眠中の中途覚醒が減る、といった変化は、単発の測定では絶対に見えません。トレンドとして並べて初めて意味を持ちます。
体重が変わらないことを根拠に「問題なし」と判断してしまわないために、体重以外の指標を同じ時間軸で持っておく。それがこのテーマでの記録の役割です。
参考文献
- Loucks AB, Thuma JR. Luteinizing hormone pulsatility is disrupted at a threshold of energy availability in regularly menstruating women. The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism. 2003;88(1):297-311.
- Mountjoy M, Ackerman KE, Bailey DM, et al. 2023 International Olympic Committee's (IOC) consensus statement on Relative Energy Deficiency in Sport (REDs). British Journal of Sports Medicine. 2023;57(17):1073-1097.
- Hussain AA, Hübel C, Hindborg M, et al. Increased lipid and lipoprotein concentrations in anorexia nervosa: A systematic review and meta-analysis. International Journal of Eating Disorders. 2019;52(6):611-629.
- Hütter G, Ganepola S, Hofmann WK. The hematology of anorexia nervosa. International Journal of Eating Disorders. 2009;42(4):293-300.
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